相変わらず自分勝手な姉たち
これは、自分から動かないと何も解決などしないとわかった。
あの人達に何を期待しても無駄。
そしてあの人達の家族も同類。
両親と叔母を御盆に外泊させる件。
いつにするか?ということを姉それぞれと話すと
「とにかく任せておいて。自分達でするから」
つまり私を休ませてくれる、というような言い方だった。
いかにも私のために、御着せがましい話でもあった。
私をそこから解放してくれるのはありがたいが
(いや、今まで何十年も私ひとりに押し付けてたんだから
別にへつらう必要もないことだけれど)
ここで肝心なのは、どういう日程にするか?は
あくまで外泊する親たちの体調や気持ち等なわけ、で。
そんなことぐらいは考慮しているだろうと思っていた。
私が行く度に「帰りたい」という親なのに
姉達が行くと、そんなことを言わないらしいし、
それでも先月私が頼んで外出させてもらった際は
ほんの数時間自宅に滞在しただけで「施設に戻る」と
言ったらしい。
「家に居たってね、やることもないし結局
すぐに帰るって言い出すんだから」
私は???と思っていた。
家の居心地が悪いのか?自宅なのに?
現に私達夫婦が外出させた時は
泊まりたいような勢いで、名残押しそうに家を後にした。
今週になってから私が久しぶりに連日両親たちのところへ
通い始めたら、父がやっぱり「帰りたい」連発になった。
そして今日は「○日に外出させると×子が言ってた」と
言い出した。
父も母も、記憶があやふやで、
でも突然正しいことを思い出す。
×子(姉)が本当に約束したのだろうか?
帰宅して姉達に電話で確認するとパッとしない。
突き詰めたらわかった。
○日は正しかった。
それは実際に先月次女が提案した日にちだった。
で、私はどうせ外出させるなら、と思ったことは、
父と母が自宅生活していた際、一番の楽しみにしていた
なじみのマッサージ師さんに来てもらえないか?ということだった。
週三回、彼が来てくれることが両親の一番の楽しみだった。
施術だけでなく、彼の人柄、会話も両親の楽しみだった。
施設に入る際、それがなくなることも親にとっては
とても大きな喪失だったのだ。
ケアマネが杓子定規な人だったのも運が悪い
施設によっては、そこの部屋を借りて施術を続けることも
可能なところもあるのに、うちの親のところは
ケアマネが打診すらしてくれなかった。
ともかく、○日という日にちは
当然親を思ってのことではなく
その日が姉達やその伴侶にとって都合の良い日、
そこから設定された日にちであることがわかった。
公務員というのは、この御時世でも夏休みはきっちりあって
ボーナスもたくさんでて、本当に素晴らしい。
で、その日に来てもらえるかどうか
マッサージ師さんに突然電話してみた。
彼は突然の申し出にも関わらず、何とか調整しようと
してくれたが、難しかった。
でも、その翌日なら何とかなる、と都合をつけてくれた。
ビジネスではなく厚意でというのが
彼の事情を知るからこそわかる。
それでも彼は、違う日にちも念のために
あげてくれて、そのどちらかなら何とかなるだろう
と私は思った。
公務員の夏休みは長いわけだし。
ところが、ダメだった。
なぜか?それは子供の通院があるから。だった。
驚き。なにその理由?
高校生にもなる引きこもりの息子の通院送迎?
生き死に関わる病気でもないのに?
だいたい、いくつなんだ?
交通手段のない山奥じゃあるまいし。
過保護もいい加減にしてほしい。
何かといえば「子供が」それでずっと何年も
私が背負ってきた。
小さいうちは仕方ないと思ってきた。
でも、これはいったいいつまでつづくのか?
子供のいない私には「子供」を理由にすれば
一生通用する言い訳なのか。
上の娘などはもう成人している、それでも
まだ「娘のことがあるから」が介護拒否の理由と
堂々と成立する。
成人したその娘(孫)はしばらくニートだった。
今だって、なんちゃって学生だ。
その娘に介護を手伝ってほしいと頼んだら
姉夫婦に激昂されたこともある。
「何の権利があって自分達の子供まで介護に
ひきづり出すのだ!」と。
子供たちが小さい頃、祖父母や私に
子供たちを預けて自分達は遊び歩いていなかったか?
金銭的にもあらゆる面で、祖父母に世話になって
いなかったか?
じゃあ、せめて、叔母である私のために
私の負担を減らすために?という気持ちはないか?
と思ったが、もちろんその娘にそんな心はなかった。
私は、とても失望したが、仕方ない。
姉は育児放棄な人だった。
あの娘は、祖父母や叔母である私がいなかったら
今よく起きている虐待事件の被害者になっていたかもしれない。
でも、そんなことは当人は覚えていないし
成長するにつれ、虐待されて疎まれていた母親から
自分にすり寄ってくるほどに
それこそが彼女の求めていた母の愛情と
母親べったりになっていった。
どんなに愛情をかけて育てたつもりでも
結局は、冷たい母親似の子供。
それは幼いときから気づいてはいた。
あの子は姉にそっくり、で
性質がまるで同じ。これは生まれ持ってのこと。
そして、その自分本位な性質というのは
祖父である私の父にそっくりなのだ。
姉自身が認めていた
なぜ自分の娘が憎いか?というと
自分にそっくりだから好きになれない、と。
自分が嫌い、だからその自分に似ている娘が嫌い。
人は初めての出産で涙を流し、人生観が
変わったり、そんなことをいう女性が多い。
でも、姉にはそんな感情はわかなかったそうだ。
それはそれで、とても辛いことなのだそうだ。
彼女達は今ニュースになっている
育児放棄や虐待、老人行方不明
その加害者の気持ちに共感する、らしい。
私には理解できないが
まあ、これは別の話。
同じ家で同じ親に育てられながら
姉達は私とは違っていた。
いくら母から叱られようと
家の手伝いをすることがなかった。
強制されて、二度、三度言われてやっと腰をあげる。
その彼女達の子供たちの愚痴は、まるでそんなこと。
「言わなきゃやらない」「言ってもやらない」
「自ら進んでひとのために何かすることがない」
「自分のことすら自分でやらない」
あげくニートや不登校。
思い通りに育たなかったら「死んでしまえばいい」
よく子供たちの前でもそう平気で
言っていた姉夫婦だった。
似たもの同士の夫婦というか、
そんな二人だから結婚したのか。
だから公務員なのか、わからないが。
そんな親の同じ性質を受け継いだ子供たち。
21才と18才の子供たちがいて
その世話のために家を開けられないと
堂々と言えるバカ親な姉夫婦。
他人であるマッサージ師さんが
自分の休みを返上し、様々な厄介な
事情をすっとばしても駆けつけます
と言ってくれているのに
肝心の娘たちは、親のために都合をつけようとはしない。
私は、自分の通院日と重なっていたけど
私が都合をつけたら良いのだ、と思ったが。
まあ、最初からそうすればよかったことなのだ。
でも、ねぇ。
またしても、あそこのクソガキのしわ寄せが私か。
私が特別に親孝行とか偽善者ぶるつもりは毛頭ない。
親に感謝されようとも思っていない。
だいたい親はもう誰かに感謝して、などという
心根など飛んでしまっているし(特に父)
彼らは天国へ旅立っても
私の守護霊にもならないと思う(苦笑
ただ、人として相手の立場に立って考えたとき
残り少ない人生の中で
せめて何時間かをどう楽しい時間を
過ごさせてあげる手伝いができるか?と考えたとき
できる範囲のことはしてやりたい、と思うだけ。
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